老人ホームで実施されたイベントの一例

私は千葉市内にある特別養護老人ホームで働いている40代の介護福祉士です。主に認知症の入居者のお世話をしています。勤続年数が10年を超えたあたりから、老人ホームで開催するイベントの企画も任されるようになりました。

今回は介護福祉士の私がどんなイベントを企画したのか、そして開催時はどんなことに気をつけながら入居者に接していたのかをお伝えします。

老人ホームなどの介護施設の探し方と注意点

イベントの開催場所を確保するのは大変だった

特別養護老人ホームでイベントを開催する一番の目的は、入居者との信頼関係を強めることです。たとえ認知症になっていても、イベントを通して普段の介助中とは異なる会話が生まれることで脳が刺激され、介護スタッフとの信頼関係の強化につながることが実証されています。

私が初めて企画したイベントは「名俳優サッカー」です。老人ホームの近くにある小学校のグランドをお借りして、ちょっとしたサッカー大会を開催しました。これは2リットルサイズのペットボトルに名俳優の名前を記載したボードを貼りつけておき、蹴ったボールでペットボトルを倒しながら点数を競うイベントです。

しかし、小学生のサッカーチームや野球チームとの兼ね合いもあり、老人ホームのためにグランドを貸してもらうのはかなり難航しました。校長先生と粘り強く交渉を重ねることで、日曜日の午後に3時間だけグランドが利用できることになりました。

イベントの日時が無事に決まり、私は入居者の家族も招待することにしました。

イベントの狙いと注意点

この「名俳優サッカー」を企画した狙いはいくつかあります。まずはサッカーボールを蹴ろうとして足腰を動かすことで、四肢が鍛えられることです。そして、名俳優について語り合うことで、入居者たちが若かりしころを懐かしんで、記憶力の維持につなげることも期待できます。

上手くボールを蹴ることができたときは、褒め言葉を投げかけて入居者の自尊心を高める狙いもあります。また、イベント中に家族と楽しい会話ができれば、生活の活性化につながるだろうという思いもありました。「名俳優サッカー」のルールを説明する際に私が気をつけていたのは、言葉だけではなくて必ずお手本も見せるということです。

認知症であっても耳から聞いた後に目で見ることによって、ルールを理解できる可能性が高まります。私が言葉で説明した直後に、別の介護スタッフがボールを蹴ってペットボトルを倒す様子を実演しました。さらに、競技中に心がけていたのはなるべくひと言で状況を伝えることです。

普段とは違うことをしている上に長い言葉で話されると理解しづらくなるので、「蹴った!」「当たった!」「倒れた!」といったひと言で状況を説明するようにしました。サッカーボールを蹴りづらそうにしている参加者もいましたので、即座に椅子を用意して座った状態で蹴ってもらうように対応しました。

入居者の方々にはとにかく達成感を味わってほしいので、私としては椅子に座ってでも「名俳優サッカー」を最後までプレーしてもらいたいと考えていました。

イベント中に投げかけた質問内容

一度にプレーできる人数は限られているため、プレーをしていない参加者へのケアも怠らないようにしました。入居者に「好きだった俳優さんの名前はありますか?」や「どんな映画がお好きでしたか?」などといった質問を投げかけて、若かりしころの思い出話を引き出すようにしたのです。

すると、昔の記憶が呼び覚まされたようで「名俳優サッカー」に意欲的に取り組んでくれる人が続々と表れました。意欲的に取り組んでくれる人には、さらに突っ込んだ質問を投げかけました。「この俳優さんは他にどんな役を演じていたんですか?」や「この中で一番人気のあった俳優さんは誰ですか?」といった内容です。

この際、聞かれた方が少しでも難しそうな表情を見せたら、回答を無理強いしないことが介護スタッフにとっての大事なポイントになります。認知症の人は答えがすぐに出てこないことを聞かれると、恥をかかされたと捉えて急に機嫌を損ねることがあるからです。

介助中のコミュニケーションマニュアルは細かく決められていますが、イベント中のマニュアルはまだ用意できていなかったので、介護スタッフたちは何気ない会話で参加者の自尊心を傷つけないように細心の注意を払いました。

イベントがもたらす好影響

結果的に、イベントに家族を招待したことは大正解でした。家族に見守られているため、入居者の方々は老人ホーム内でレクリエーションをしているとき以上に積極的になってくれたのです。家族が来てくれているという気持ちがモチベーションの向上につながったのでしょう。

また、認知症の人が徘徊をするのは、ずっと室内に閉じ込められていることが要因のひとつだと言われています。そのため、たまには屋外でイベントを開催して体を動かすことが大事です。私が勤務する老人ホームでは、屋外のイベントを年に4回開催して入居者に季節の変化を感じ取ってもらうようにしています。

そして、屋外でのイベントを定期的に開催するようになったことで、認知症の入居者が施設の外へ勝手に出て行くようなことはなくなりました。

イベント終了後はフィードバックがある

イベントの企画者は、終了後も大事な仕事があります。イベントの内容や進行役を務めた上での反省点を報告書にまとめなければならないのです。また、参加者ひとりひとりの様子や変化も細かく記録しておかなければなりません。

例えば、「○○さんはボールを5回くらい蹴ると、それ以降は蹴りづらそうな態度を見せる」といったことを記載していきます。この報告書は上司が見るだけでなく、他の介護スタッフとの情報共有の資料としても利用されています。

私が初めて企画したイベントに関しては、他の介護スタッフと情報共有をした結果、「名俳優サッカーのルールは、言葉とお手本にプラスして文字での説明があればもっと伝わりやすかったのではないか?」という意見が出ました。

確かに参加者の中には、一度理解できたとしてもプレーをしているうちにルールを忘れてしまった人もいたからです。それ以降は、参加者がいつでも確認できるように、ルール説明を書いた大きなボードを用意しています。

内容が簡単で達成感を味わえるイベントがおすすめ

今回ご紹介した「名俳優サッカー」は、軽度の認知症の入居者を想定して考案したイベントです。重度の認知症の方に向けて実施しても、あまり達成感を味わってもらえないかもしれませんので注意しましょう。老人ホームでイベントを企画するなら、手の込んだことをすると難しすぎて入居者に拒否されることがありますので、できるだけ理解しやすく達成感を味わえるものがおすすめです。